日本の上司はただの管理職
欧米企業との違い

欧米企業や外資系企業では、マネジメントの一部として上司が部下を選ぶ権限を与えられている。「上司と部下の双方が、お互いの人柄や考え方を理解した上でチームを編成するのがスタンダード」なのだ。
一方、日本では基本的に、上司と部下がお互いを選ぶことはできない。チームの成果に対する最終責任を誰に担ってもらうのかという人事権もない。だから、期待と異なる成果となっているとき、適切な対策を打てなくなっている。
人事部に改善を依頼しても、「使えない若手を一人前に育て上げるのが上司の仕事」などと言われながら、少ない権限や裁量のなかで成果を求められている。プレイング・マネジャーとなって奔走したところで、給料もさほどあがらない。
そうした状況であっても成果を出せる上司は、「成果から逆算してチームの方向性を決めたり、改善点を修正している」。ディレクションが明確であり、それに腹落ちしているメンバーであれば、「自分に与えられたタスクがチームの目標達成にどう貢献するのか」を考えられる。
一流のマネジャーは、「上司と部下が腹を割って本質的な『ダイアログ』をしている」。仕事への哲学や会社の存在意義、人間性などについて語り合い、ビジネスパーソン、一人の人間としての成長を目指して、信頼関係を熟成させているのだ。部下が積極的に自己開示してくれなければ、上司は一方的に自分の考えを押しつけるようになってしまう。部下も上司も、基準となる明確な中心軸を持ったり、自分の担当タスクと「恋に落ちる」ほど真剣に向き合ったりしながら、何に興味を抱いているのかを語り合っていくことが大切である。
マネジメントという目標設定能力
上司の最も大事なミッションは「チーム全員が最高のパフォーマンスを発揮できる場作り」である。
真剣にマネジメントしようとすれば、限られた資源や時間のなかで優先順位をつける必要に迫られる。チームの全員が理想的だと思うような方向には向かわないとしても、上司の判断基準が一貫していれば、部下は進むべき方向を間違えない。上司の目標設定能力は、「部下一人ひとりの未来に影響を与えている」のだ。
この目標とは、達成したい目的、やるべきことと期限、達成方法が明確で、実現可能なものである。したがって、ビジネスの現場でよく使われている「SMART」のフレームワークに則ると、「目標に含まれる曖昧さを意図的に削ぎ落とす」ことができる。それにより、「会社が掲げる目標を達成するまでのプロセスを再定義して、大胆な発想の転換を図ること」が求められる。
会社の大目標をチャレンジングな業務経験の機会とし、部下に対していまのスキルレベルより高い実践の場を増やす。そこで事実に基づいたコミュニケーションとフィードバックを重ね、失敗を恐れない環境づくりへとつなげていく。その際、経験させたい「失敗」や習得してほしいスキルを事前に検討し、上司側できちんとリスク管理すること、部下が相談しやすい姿勢を見せること、部下の悩みや心配ごとにしっかり目を配ることが大切だ。
上司のマネジメントとは

日本の上司は「自分でやったほうが早い」と考えがちだが、その背景には「マネジメントの型を学び、経験を体系的に積み上げる機会」の少なさがある。チーム設計や人材育成の実体験、ノウハウの蓄積が薄い状態で上司という役割を担わなくてはならず、人の動かし方や信頼構築といった本質的なマネジメントに踏み込めていない。そもそも、課題設定や計画遂行、問題解決、人材育成のようなマネジメント要件が明確でないせいで、上司の「責任」は漠然とした重荷となっている。




















