石炭:「黒いダイヤ」の復活劇
偶然の発見から「燃える石」へ

コンロのつまみをひねれば火がつき、スイッチひとつで部屋が明るくなる――。現代の豊かさを支えるエネルギー源の起点は、「石炭」にある。
石炭は数億年前のシダ植物が地中に埋もれ、地熱と圧力で炭化してできた化石燃料であり、巨大な太陽エネルギーが凝縮された「太陽の化石」とも言える。
この「燃える石」を組織的に利用したのは古代ローマ人だが、より早く実用化していたのは中国だ。宋の時代にはすでに「コークス」(石炭を蒸し焼きにして不純物を取り除いたもの)を使った製鉄が確立され、安価で良質な鉄が王朝の繁栄を支えていた。
ヨーロッパで石炭が主役の座に躍り出るのは、14世紀のロンドンである。人口増と森林の伐採によって木材が深刻に不足し、人々はイングランド北部から船で運ばれる「シーコール」に頼り始める。
だがシーコールも含め、地表の石炭はすぐ尽きる。深く掘れば必ず水が湧くからだ。この排水問題こそ、石炭生産を阻む最大のボトルネックだった。
そこで鉄器具職人トーマス・ニューコメンが発明したのが「大気圧機関」である。シリンダー(筒)に蒸気を送り、冷水で凝縮させて低圧をつくり、大気圧の差でピストンを動かす仕組みだ。このピストン運動によって、水を汲み上げるポンプを動かした。効率は良くないが、機械を動かす燃料(石炭)は炭鉱でほぼ無限に手に入る。
石炭を掘るために石炭を燃やす――この自己強化のループが、産業革命の助走となった。
産業革命と帝国の原動力
人類の歴史を真に変えたのは、ジェームス・ワットの改良である。1763年、ニューコメンの機関の模型を修理する機会を得たワットは、シリンダーを毎回冷やしては温め直す無駄に愕然とし、別室で蒸気を凝縮させる「分離凝縮器」を考案した。これだけで石炭消費量は4分の1から3分の1にまで激減する計算だった。
ただ、このアイデア自体は完璧だったものの、当時の技術では実装が難しかった。そこで1775年、起業家マシュー・ボールトンと組んだワットは、さらにピストンの上下運動を回転運動に変える仕組みを考案する。その瞬間、蒸気機関は単なる排水ポンプから、水車に代わる無限の「原動機」へと変貌した。これにより、工場は川辺を離れ、炭鉱と運河の近くならどこにでも建てられるようになる。



















