たこ焼き屋、本を書く
ワクワクしすぎて借金4000万
2001年3月、26歳だった著者は地元・大分県中津市の小さなスーパーに3坪のたこ焼き屋を開店した。オープン当初の大行列は長くは続かず、苦肉の策として九州各県のスーパーマーケットを回る「行商」を始めた。
いま思えば、悪気のない零細ブラック企業そのものだった。スタッフから「辞めたい」という声があがりはじめた頃、手に取ったのが、『「惚れるしくみ」がお店を変える!』という本だった。そこには「お客さん、そしてスタッフがワクワクできるしくみをつくることが商売繁盛の鍵である」と書かれていた。
早速、みんながワクワクできるたこ焼き屋の図面を考え始めた。予算度外視で夢はどんどん膨らみ、1階と2階で150席、総工費4000万円の図面ができあがった。父に保証人になってもらうと、借金を背負っての工事が始まった。
建物ができてくると、現実が重くのしかかってきた。この店が失敗したらいきなり人生が終わるかもしれない。不安に眠れぬ夜を過ごしながら、2003年5月、たこ焼きダイニング「陽なた家」は開店した。
君、本を書いてみないか?

中津では珍しい店だった陽なた家は、オープン当初から繁盛したが、スタッフ全員料理下手。料理で勝負できないなか、お客さんにありえないくらい喜んでもらえたのがバースデーのお祝いだった。
営業中にいきなり電気を消し、ハッピーバースデーの音楽とともに、ろうそくを灯したたこ焼きを持っていく。他の業務はすべてストップして、店全体でお祝いに集中する。これが評判を呼び、年間3000件予約が入る看板イベントとなった。
常連さんから「陽なた家でウエディングをやりたい」と言われるようになり、2005年2月末、ウエディングを行った。その日、著者は新婦のおじさんに気に入られ、親族席で一緒に酒を飲んでいた。式が終わると、おじさんから「君、本を書いてみないか」と言われて出版社の名刺を渡された。




















