近年、欧米だけでなく日本でも、多様性を意味する「ダイバーシティ」とセットになって、包含性を意味する「インクルージョン」という言葉が使われる機会が増えている。「ダイバーシティ&インクルージョン」というフレーズには、多様性を受け入れ、活用するという意味が込められている。なぜ今、先駆的な企業は、ダイバーシティの一歩先である、インクルージョンの実現をめざすのか? 今回は、海外発の「ダイバーシティ&インクルージョン」という考え方に関連する書籍を3冊ご紹介したい。
“Inclusive Talent Management”は、昨年イギリスの出版社から刊行された、「ダイバーシティ&インクルージョン」について最新の知見を伝える書籍である。著者のひとり、スティーブン・フロストは、イギリス政府やホワイトハウスのアドバイザーも務めている。本書はその内容を高く評価され、CMI(Chartered Management Institute)と大英図書館が主催する、2016年度のManagement Book of the Year prize の最終候補作のひとつとなった。
本書を読むと、ダイバーシティと一口にいってもいろいろなレベルがあることがよくわかる。ジェンダーや人種の差異を、単にコンプライアンスとして取り入れただけのダイバーシティでは、差異に直面した社員同士に感情的な対立が起こったり、社員の意気喪失につながったりしてしまう。ダイバーシティを発展させ、社会経験や人生経験まで含めた差異を認め合い、一体感を持つインクルージョンを実現することこそが、組織の繁栄の鍵を握るのだ。
“Inclusive Talent Management ”とは、インクルージョンという考えを、人材マネジメント戦略に具体的におとしこんだものを指す。表題どおり、採用プロセスや人材の維持のためにどのような方策を取りうるかが示され、ゴールドマンサックス、フェイスブック、パナソニックなど、60を超える企業の施策も多数紹介されている。
事例からうかがえるのは、世界の四大会計事務所も、グーグルのような最先端企業も、高学歴の学生を雇うという学歴一辺倒な採用活動を見直しつつあるということだ。「ダイバーシティ&インクルージョン」は、組織が繁栄するために必要不可欠であるという認識は、もはや当然のものとなりつつある。
本書は、人事・経営に携わる方にとって、格好のテキストとなるだろう。
「インクルージョン」の実現のためには、差異について積極的に話し合い、仕事や職場環境で不都合はあるか、どういう形でなら職場に参加しやすいか、探っていくことが重要だ、と前述の“Inclusive Talent Management”は示唆している。
そうした話し合いを進めるためにも、差異について理解を深められる本のひとつが、”The ABC’s of LGBT+”だ。本書は、最近注目が高まっているLGBTという個性について、オールエイジを対象として、たくさんの図解と易しい言葉で解説している。多くの専門機関のチェックを経たという本文は、最新の情報に基づいており、表現も正確である。
ことLGBTとなると、メディアなどで報道される、ステレオタイプに沿ってしか想像することができないということも多い。たとえば、「レズビアン」というと、女性が好きな女性と考えるかもしれないが、そもそも自分のジェンダーの認識が時と場合によって違う人もいる。そのような人にとっては、「レズビアン」という名称がしっくりこない場合もある。これは、本書の著者のフィアンセである、Grace のケースである。ジェンダーの認識が常に一定ではない人は、“gender fluid”と呼ばれる。流動的に揺れ動くジェンダーという意味だ。
人によっては、その揺れ動きが、男と女の両極のあいだだとは限らない。男とも女とも違うジェンダーがある、という認識も存在するし、まったく性というものがない、無性という認識も存在する。
本書では、男と女の二元論を超えた、さまざまな性の認識が登場する。収録されている、40人超のLGBTの人の個人的なストーリー(加えて、本人が許可している場合、写真も)も、じつに貴重である。LGBTの象徴とされているレインボーフラッグの虹色が示す、多様な個性の美しさが、まさに実感されるだろう。
国籍の違う人たちと働く環境では、意識していてもしていなくても、文化の差異に直面することが多い。本書は、ビジネスにおける異文化理解をテーマにした本として、まさに定番となりつつある一冊だ。
本書の中核をなしているのが、ビジネス文化に関する8つの指標において、その国はどこに位置づけられるかを図にする、「カルチャー・マップ」である。
たとえば、「説得」という指標においては、「原理優先(最初に一般理論を述べてから意見を述べる)」と、「応用優先(最初に意見を提示してから、説得的になるよう概念を加える)」との、どちら寄りのアプローチをとるかは国別に異なる。(もちろん、そこには個人差もあり、著者はどちらの影響にも注意しなくてはいけないと述べている。)
本書では「原理優先」志向であるフランス人のステファン・バロンが、入念な検討から本題に入るメールをイギリス人の同僚に送り、無視されてしまった事例が挙げられている。イギリス、アメリカをはじめとするアングロサクソンの国は、フランスと比べて相対的に、すぐに本題に入る「応用優先」のアプローチを好む。そのため、バロンのメールは、一瞥されたのち、結論が見えないので、「いつか読むメール」のフォルダに分類されてしまったのだ。この事例は、「英語のメールは本題から書きましょう」と教えらえている日本人にも、身につまされる例ではないだろうか。
ではこの「説得」の指標で、日本はどこに位置するのか。じつは、「説得」の指標では、アジア文化圏の各国は例外的な位置づけを与えられている。詳しくは本書をご参照いただきたいが、本書を読み進めるうちに「日本」という国も、かなり独自性の強い文化を持っていることが改めて実感できるだろう。
自他の文化を理解することで、本書でもきめ細かく提案されているような「歩み寄り」の方法を使って、コミュニケーションは工夫していくことができる。さらに、多文化チームで仕事をしているのなら、取引相手やシチュエーションに応じて、コミュニケーションをうまくとれるメンバーを担当にすることもできる。まさに、著者の言葉どおり、「慎重にマネージすれば、文化や個人の多様性はあなたのチーム最大の財産となるのだ」。