
今の会社で、やりがいを持って、自分らしく働くことはできるのか。 目標は上から与えられ、評価は短期的な成果で測られる。そんな環境でも自分の探究心を諦めずに働くことはできるのでしょうか。 「読者が選ぶビジネス書グランプリ2026」マネジメント部門賞を受賞した『冒険する組織のつくりかた』は、そんな問いに正面から向き合った一冊です。著者の安斎勇樹さんは、組織づくりに強みを持つ経営コンサルティングファーム・株式会社MIMIGURIの創業者。350社以上の企業を支援してきた実践のなかから、「軍事的世界観」から「冒険的世界観」への転換を提案しています。戦略遂行を最優先する従来型の組織観から、一人ひとりの内発的動機を起点に組織を育てる発想へ。個人の「内的動機」と組織の「外的価値」をどう整合させるかが、その鍵だといいます。その第一歩は、意外にも「半径1メートル」の実践にあるのだとか。 いまの会社にいながら、どのように「冒険」を始められるのか。安斎さんにお話を伺いました。
── 「読者が選ぶビジネス書グランプリ2026」マネジメント部門受賞おめでとうございます! まずは感想をお聞かせください。
素直な感想でいいですか? ……めちゃくちゃうれしいです。
これまでの集大成というべき『冒険する組織のつくりかた』が出版され、今回は絶対に受賞したいと担当編集者さんとずっと話していました。念願だった部門賞の受賞と授賞式への出席を果たせて、本当にうれしいです。

── このグランプリに特別な思い入れを持っていてくださったんですね! 『冒険する組織のつくりかた』は安斎さんの2冊目の単著ですが、とても力を入れて書かれたことが伝わってくる一冊でした。出版後に印象的な反響はありましたか?
本当にたくさんの反響をいただいています。組織づくりの本なので、経営者やマネジャー向けに書いた本なのですが、現場で働く若い世代の方が「こういう組織にしたいな」「職場がこうなるといいな」と希望を持って読んでくださっているのが印象的です。社内で内容に共感する人たちを集めてこの本の読書会を開催してくださっている方もいらっしゃって。それがめちゃくちゃうれしい反響でした。読書会をした方がいいと本書に書いていましたが、それを実践してくださっているんです。
── ボトムアップで組織を変えるのには、勉強会からはじめて、経営層の目に留まるようになるのがいいという話がありましたが、勉強会の題材としてこの本自体が使われているんですね。
そうなんですよ。この本にも登場するある企業では、繰り返し勉強会を行っているのですが、今年の勉強会に行ったら、社内で「冒険」という言葉が共通言語になりつつあると聞きました。この間はとうとう役員の方が勉強会に来てくれて。まさに本書で書いた通りの流れが起こっています。
── それはメンバー層にとって励まされる事例ですね。
この本では冒険する組織をつくる「5つの基本原則」を紹介していますが、最初に目標の話をしています。組織の空気を最も支配するのは「何が目標になっていて、その目標をどう捉えているか」というところだからです。降ってくる目標は変えられなくても、その解釈や意味づけを変えればいいんだというところは、現場の方に共感していただけて、目標の取り組み方を考えたり、他の人と話し合ったりするのに使っていただけているようです。
── 自分自身の認識を変えるだけでも、働き方が変わって同じ職場で生き生き働けるようになるということですね。
「冒険する組織のつくりかた」という名前の社内セミナーや社内講演によく呼んでいただくようになりました。タイトルにだんだん「半径5メートルからできる」といった文言が入るようになっていったのですが、それが「半径3メートル」「半径1メートル」と減っていったんです。本来はもっと大きな関わりを想定していたのですが、1メートルの範囲でもできることがあると読んでくださる方がいることや、数字の変化が個人的にはおもしろかったです。
── 半径1メートルが自分で整えられるのであれば、どんな場所にいても大丈夫だと思えそうです。それができたら、転職する必要性を感じなくなるという人もいるかもしれません。

そうですね。転職は無理に防ぐものでもないのですが、自分の所属している環境のダメなところを探して、自分に合う理想郷を探そうとしても、絶対に見つからないだろうとも思うんです。
本では「内的動機」と「外的価値」をどうやって整合させるのかと書きましたが、自分の内的動機がわからなくなってしまった人が、「よくわからないけどモヤモヤして飛び出してきました」という状態のまま転職先の面談に行っても、その会社で何がやりたいか説明できないですよね。すると、結局前の会社でやっていたのと同じような仕事に就きなおすだけになってしまう。
本人に整合性を探究する態度や技術が備わっていたり、職場にキャリア相談の機能があったりすると、「合わない職場だと思っていたけど意外に合っていた」「こういうやり方ならここで輝ける」という発見が生まれることがあります。
── 個人と企業側、それぞれどのような取り組みが考えられるでしょうか?
個人に関しては、ちゃんと自分の内的動機が何なのかをリフレクションをして、目の前のミッションとどうつなげていくかという努力が必要です。「ジョブ・クラフティング」という分野では、自分のやる仕事内容自体を変えて自分にフィットさせる方法や、周囲との関係性を変えて同じ仕事を面白くする方法、自分の認知を変えて取り組む方法などがあります。でも、自分の認知だけ、それこそ半径1メートルを変えようとするだけでは限界があります。半径5メートルくらいを変えようとしたとき、会社が協力的でないと、ほとんどの人は会社の中で自己実現が難しくなってしまいます。
今は、「一人ひとりの自己実現につながる内的な動機は何なのか」を言語化したり内省したりする支援機能を提供する会社が増えてきました。そうやって業務報告以外の場で、自分の興味を言語化する機会があること、さらに言えばその情報が直属の上司以外にも広く共有される状態にしておくことが重要です。他の部門の責任者や人事に情報が回ることで、他の活躍の場の提案があったり、新規プロジェクトに声がかかったりするわけです。
MIMIGURIでは、「社内番組放送局」という取り組みで、メンバーが考えていることが他の人の視界にちらっと入る機会を増やそうとしています。
── 「社内番組放送局」にはメンバーの興味を可視化する意図もあるんですね。そこから生まれた仕事やつながりは実際にありますか?
無数にありますね。我々はコンサルティング事業なので、お客様からご依頼があったときのプロジェクトチームの編成やアサインに影響します。最近だと、「中部地方に興味がある」と言っていたメンバーに、名古屋の仕事を任せることになりました。
ところが、こうした個人の興味に関する情報は、1on1の面談ではあがってこないことがほとんどなんです。面談ではもっと真面目なことを言わないとと思って、「中部が熱いです!」なんて言わないんですね。だから、もっとハードルを下げて、メンバーの興味を話せる機会を作っておくことが重要です。
── たしかに、面談では仕事に関係しそうなことだけ話してしまいそうです。自分の特技や専門性を活かしたいと思っても、なかなか仕事との接点を見つけられなくて苦しんでいる人は多いように思いますが、自分が認識している専門性の探究と、職業的な探究の接点が見出せない人に、何かアドバイスできることはありますか?
個人のキャリアデザインでも、組織のアサインでも重要な話ですよね。本には書いていない話をするのですが、何らかの専門性を持っている人は、アイデンティティを「対象領域」に置きがちだと思うんです。それだと、「デザインが好きだからデザイナーしかない」という話になって、能力が活かせる場所が非常に限定的になってしまいます。
でも、人間の興味というのは、特定の対象そのものというよりも、その対象と関わるときに満たされる自分の嗜好性にあるんじゃないかと思うんですよね。僕は「レンズ」という言い方をしているんですが、「これをこういうふうに眺めているときに楽しい」「これに関わっているとき面白いと感じる」という、その嗜好性を発露できる場として、それまで専門性を発揮していた領域があると。このレンズを言語化することさえできれば、領域をピボットできるんです。
たとえば、MIMIGURIには、デザイナーとしてずっと手を動かしてきたメンバーがいるのですが、今はチームを抱えてプロジェクトを運営する立場になっていて、自分で直接デザインをしなくなっているんです。でも、その人はリフレクションの結果、自分が興味があるのは「実験」だということに気づいたそうです。「デザインじゃなくて実験だったんだ」とわかった瞬間から、「実験するチームをつくろう」と興味がシフトして、今はとても楽しそうにマネジメントで実験しています。
── 自分の興味を一段抽象化して言語化することで、整合する領域が広がるんですね。
上司の立場でも、デザインをやりたがっている人には「何をデザインさせようか」としか考えられませんが、「実験に興味がある」という人であれば、任せられる仕事の幅が広がります。何かを突き詰めてしまった人は特に、自分のレンズを言語化して、職業マッチングをするということが重要なのではないかと思います。
── 現在は、ビジネスシーンの価値観が変化する過渡期にあって、新しいアプローチを模索している最中であるように感じます。そのなかで「冒険する組織」がどう位置付けられるのか、考えをお聞かせいただけますか。

現在は各所で、近視眼的に物事を捉えることに対する警鐘がどんどん鳴りはじめていると思います。ドーパミンハックの技術が発達しすぎたために、多くの人が物事を短期的に捉え、視野狭窄に陥りやすくなっていますよね。組織であればKPI達成を求めるあまり道を誤ったり、個人であれば過激な炎上投稿をしてしまったり。こうした暴走から抜け出し、長い目で物事を考えられるようにできるかが社会の大きな課題となると思います。
多くの分野でブレーキがかかるなか、じっくり長く興味や好奇心を持って物事を楽しむことを大切にする取り組みが増えるのではないかと予想しています。現在よりももっと長期的なスケールでビジネスを育てるノウハウが発達していくかもしれません。長期評価の方法論が発達すると、無形資産への投資がビジネス成長につながるといったロジックや、長期投資のほうがビジネスが豊かになるというように、経営や投資の考え方が変わるかもしれません。
この本では評価方法には言及できていないのですが、「長い目での評価にかなう実践法」を書いたつもりです。人間の興味や内発的動機にどう投資するのか、それを軸に成長し続ける組織をどう作るか。その実践法を先に書いてしまったような感じです。
── そうなると、答え合わせは5年後、10年後に。
そうなるかもしれないです。僕は「2025年に言ったじゃん」と言う準備をしています。
たとえば、3ヶ月程度の組織変革プロジェクトの成果を報告するなら、「こういうコミュニケーションが増えた」「理念浸透理解度のサーベイの数値がこんなに上がった」といったことは言えるのですが、それはあくまでプロジェクトの説明責任としての成果にすぎません。本質的には、何年もかけて、じわじわ土を耕していって、きちんと実り続けるエコシステムを形成していくことが重要です。
先ほどの社内放送局も、「この放送で何の効果があがったのか」とすぐに説明することはできないけど、複利のようにじわじわ効いていくものなのではないかと思っています。
── 長期的に効いてくるものだからこそ、短期的な評価軸で見ると正当に評価ができなくなってしまうんですね。
だから僕は、当事者たちが屁理屈と言い訳を駆使して説明責任を突破しながら、「評価から逃がし続ける」のが重要だと思っています。探究的な営みや、人材・組織開発の営みを実践していくと、確かにみんなが輝いていって、新しいものが生まれる予感がしてすごくワクワクするんです。でも、「これに何の意味があるの? ちゃんと評価しよう」と言った瞬間に、それは旧来のパラダイムの上の取り組みになってしまう。過渡期にあるイノベーションでは、評価基準自体を新しくしようとしているわけだから、旧来の評価基準では評価できないということがむしろ重要なはずなんです。まだ評価できないものを、どうやって評価から守って存続させるかを考えなければなりません。
旧来的な軸で評価しようとする人には、理屈をつけて何とか待ってもらって、その営みを保護し続けて、良い結果が出た段階で「言ったじゃん」と言うしかないなと。当事者の信念が必要とされる実践です。
── 新しい取り組みを旧来的な評価軸から逃がすことでしかイノベーションができないんですね。

もっと言うと、評価から逃がすからといって、取り組みは何でもいいというわけではないんです。外から見ると「何の意味があるの?」「収益につながってないじゃん」と思うような取り組みでも、内部の人が共有している「説明がつかないけど、善なるもの・美しいもの」と直感的に信じられる営みを守るということが重要なんです。これはカルチャーを作るうえでも大事なことです。そうした取り組みを後押ししたくて書いている本でもあります。
── 「何がいいの?」って言われて、「冒険する組織」に必要なんだと言えるようになっていったら良いですね。自分の所属している組織を利用して、いかに自分が面白いと思うことを実現していくかと考えることもできそうです。
僕は探究は不純な動機でいいと思っているんです。「適合」ではなく「整合」という言い方にしているのは、ここに主従関係がないからです。
軍事的世界観で成果をあげている優秀なリーダー・マネージャーのなかには、会社のミッションの達成こそが自分のやりたいことだと語る方がいます。それはそれで素晴らしいことだとは思っているんです。でも、それは過剰適応が当然視されている世界観なのではないかとも思います。
「晴子さんに振り向いてほしいがためにリバウンドを取り続ける桜木花道がチームを勝利に導いた」みたいに、「自分がやりたいこと」と「組織としてのミッション」の整合をうまく取れるなら、会社を利用してやりたいことをやっている状況のほうが僕は健全だと思います。
この本を読んで実践されている方のなかでも、整合性に折り合いをつけて説明責任を果たしながら、会社の資源を活用して自分の興味を満たしている方がいます。
── 最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
出版から1年ほど経ちましたが、まだ探究課題がたくさんあると感じています。前向きに言うと、めちゃくちゃ噛みごたえのある本です。採用でも勉強会でも、これをもとに試行錯誤可能なテーマがたくさん詰まっているので、これを読んでこの1年でさまざまな取り組みをしてくださった方々にはとても感謝しています。
これからこの本を読む人や、これを機会に知った人にも、本書を通して「どういう実験を自分の職場の中でやろうか」と考えて、半径1メートルでしかけるのか、5メートルでしかけるのか、企みに使っていただけるとうれしいです。


安斎勇樹(あんざい ゆうき)
株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO
1985年生まれ。東京都出身。
東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。
組織づくりを得意領域とする経営コンサルティングファーム「MIMIGURI(ミミグリ)」を創業。
資生堂、シチズン、京セラ、三菱電機、キッコーマン、竹中工務店、東急などの大企業から、マネーフォワード、SmartHR、ANYCOLORなどのベンチャー企業に至るまで、計350社以上の組織づくりを支援。
また、文部科学省認定の研究機関として、学術的成果と現場の実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高める「知の開発」にも力を入れている。
東京大学大学院 情報学環 客員研究員。
著書に『冒険する組織のつくりかた』(テオリア)、共著に『問いのデザイン』(学芸出版社)、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』(翔泳社)、『パラドックス思考』(ダイヤモンド社)、『チームレジリエンス』(JMAM)など。