
『職場の問題地図』などのベストセラーを世に送りだしてきたワークスタイルと組織開発の専門家である沢渡あまねさん。このたび『「すぐに」をやめる ~ネガティブ・ケイパビリティの思考習慣~』を執筆されました。
組織におけるネガティブ・ケイパビリティ(すぐ解決しようとしない行動特性および能力)がなぜ重要なのか? その育て方についてもお聞きします。
── 沢渡さんがネガティブ・ケイパビリティをテーマにした著書を執筆された背景は何でしたか。
私が経営者を務める「あまねキャリア」がこれまで400以上の企業や組織、地域に向き合ってきた中で、日本の多くの組織にネガティブ・ケイパビリティが欠乏していると強く実感するようになったからです。ここでのネガティブ・ケイパビリティとは、「すぐ解決しようとしない行動特性および能力」を意味します。
いま、日本だけでなく世界的に、目先の生産性や効率性、コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスばかりが重視されています。その結果、新しいチャレンジや働き方が受容されにくくなり、特にマイノリティの立場にある人が生きづらさを感じる社会になっていると感じています。
もちろん、すぐに行動して成果を出す力、すなわちポジティブ・ケイパビリティは組織の維持に欠かせません。ですが、あまりにも「すぐにやる」「すぐに解決する」という同調圧力が強くなりすぎていないだろうか。本来はポジティブ・ケイパビリティもネガティブ・ケイパビリティも両方大事です。
こうしたメッセージを投げかけて、みんなで考えられないか。そんな想いから、『「すぐに」をやめる ~ネガティブ・ケイパビリティの思考習慣~』を執筆するに至りました。


── たしかに、経営で株主の利益ばかりを最優先にしすぎた株主至上主義の影響もありそうです。世界の潮流として、ポジティブ・ケイパビリティ優位の傾向を感じる場面はありますか。
合理性だけを追求し、人のコンディションを軽視する動きは、世界各地で起こっています。企業だけでなく国家の動きとしてもそうです。一例として、トランプ政権の政策にも、反DEIなど、そうした側面が見られました。アメリカの求心力を追求するがあまり、各国との共創は後回し。これでは持続可能な社会が損なわれる恐れがあります。
── 沢渡さんご自身がネガティブ・ケイパビリティの重要性を意識するようになった原体験はありますか。
社会人になったばかりの1998年にさかのぼります。当時の日本は長時間労働やサービス残業が当たり前の時代。ですが、私はスウェーデンやデンマークの企業との取引が多く、現地に出張することも多々ありました。彼ら/彼女たちの職場では、残業などの同調圧力がなく、多様性が尊重され、ワークライフバランスが徹底されていた。男女問わず育児休暇を取れ、金曜日など午後3時を過ぎると「よい週末を!」と軽やかに声をかけて退社する人たちの姿も。
日本とは全く異なる労働環境にふれたことで、猛烈に働くのがよしとされた日本企業の風土に対して、「このままでいいのか?」と疑問を抱くようになりました。
今でこそ日本でも「ウェルビーイング」が唱えられ、労働環境も改善されつつあります。しかし、当時のスウェーデンやデンマークではすでに、多様性を大事にしながら未来を見据えた組織カルチャーがあったのです。

── さまざまな企業を見ていく中で、課題意識がさらに強まった部分はありますか。
そうですね。企業規模や地域を問わず共通するのは、「余白がどんどん削られている」ということです。とにかく目先の利益を生み出すことが正義になっている。そういう文化が根づくと、中長期的な問いを立てられなくなってしまいます。
たとえば、現実には、何気ないアイデアが後の新規事業に育つことや、人との出会いが3年後に効いてくることもある。それを切り捨ててしまうと、中長期の柱を育てられなくなります。
── 両利きの経営では探索と深化の両方が必要だといわれますが、「探索」の時間が取れないのですね。
その通りです。人材育成も同じで、後任を育てるには時間がかかります。でも、そこに投資しないと、組織として持続できないんですよね。それなのに、「自分でやるほうが早い」と、マネージャーやベテラン社員が何もかも抱えてしまう。すると、チームとして成果を出す力は育たないまま。結果的に組織の中長期的なコンディションが悪化してしまうのです。
このように、「ネガティブ・ケイパビリティ欠乏症」がさまざまな組織で発生しています。
本書では、「成果と変化のマトリクス」を紹介しました。私には、世界が「第I象限にいきすぎていないか?」という問いがあります。短期的な成果を求め、そこに直結する取り組みだけが評価される。これが過度なKPI管理主義や効率主義を助長してきました。
イノベーションは本来、異なるものの“新結合”から生まれるもの。目先の成果だけを求めて、余白をなくすと、そうした化学反応の芽を摘んでしまうのです。

── 都市部と地方の格差もあるのでしょうか。
はい。東京のような都市部は情報や人が多く、変化が生まれやすい環境です。選択肢も多く、人と違う行動が受け入れられやすい。一方、地方は同調圧力が強く、変化への抵抗も大きい。選択肢の少なさから、「合わない」と感じてもすぐに他へ移れず、それが若者や女性の流出につながっています。
また、静岡や愛知のような製造業が盛んな地域では、「手を動かすことやコスト削減が正義」という文化が根強く残っています。これも重要ですが、人材育成やITなどの「無形資産」への投資ももっと広がってほしいですね。それが人材の流出を防ぎ、関係人口を増やすきっかけになると考えています。

── 地方で変化の兆しを感じることはありますか。
はい。コロナ禍をきっかけに、地域の文化を尊重しながらも、新しい風を吹き込もうとする動きが生まれています。それは移住者やUターンで戻ってきた人たちに顕著です。たとえば、都市部の企業や他業種を経験した2代目、3代目の経営者が、健全な違和感を持って、地域の中で声を上げている。そうした存在が、地域にいた人たちの「言いたくても言えなかった気持ち」を言葉にし、共有する場を生んでいます。
私自身、地方のよいところは大切にしながら新しいカラーも育てていき、「地域をカラフルにする」ことを目指したいと考えています。
また、健全に成長している組織や地域は、自己肯定と自己否定の両輪が回っています。
自己肯定とは、「自分たちの取り組みで、こういうところはよい」などと言語化し、それを育てていくこと。ただし、強すぎる自己肯定感は、「自分たちは正しい」という万能感に変わってしまう。それが暴走すると、世の中の規範に逸脱しても気づかず、コンプライアンス違反やガバナンス崩壊に至るおそれもあります。
一方、自己否定とは、「この部分は変えた方がいいんじゃないか」と、自らを健全に疑い、変化することを意味します。
自己肯定と自己否定は、ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティとも言い換えられ、その両輪を回すことも、「両利きの経営」といえると考えています。
── この両輪を回すために、マネジメント層や人事担当者は、どんな実践をするとよいでしょうか。
自分たちをメタ認知する機会が必要で、その原動力になるのが「越境」です。越境はさまざまな方法があります。異なる企業の人と学ぶ、出向する、副業、兼業、パラレルキャリアを経験する、などです。日常的に外の風が入るようにすれば、自分たちの状況を客観視し、健全な違和感を持ちやすくなります。違和感をきちんと言語化して、振り返るのです。
── こうした実践を組織として重視して成功している事例はありますか。
はい。愛知県にある中小企業の側島製罐株式会社を紹介したいと思います。同社は、大量生産型ではなく、ギフトやアミューズメントグッズ向けの高付加価値な缶を、少量多品種で製造している会社です。6代目となる石川貴也さんは、政策金融機関での勤務を経て家業に戻った跡継ぎ社長。就任当初は、業績も社員のモチベーションも下がっていて、危機感を持たれたそうです。そこで彼は、社員を信じる組織へと舵を切りました。
まずは、デザイナー職などのこれまでにない職種を積極的に採用し、3Dプリンターなどの設備投資をして、新たな価値創造を目指しました。つづいて、会社のビジョン・ミッション・バリューを社員と一緒につくっていった。
さらに面白い取り組みは、「観察日誌」と呼ばれる社内チャットです。これは、自分たちの缶をお客さまがどんな表情で手に取っているか、といった気づきを社員が自由に書き込む場。自分たちの仕事と社会とのつながりを共有する文化を育てていきました。
側島製罐さんのように、既存の方法にこだわらず、新しいカラーや能力を持った人たちを迎え入れ、一緒に価値をつくっていく。この姿勢は、ネガティブ・ケイパビリティを発揮した組織のお手本といえます。
── ネガティブ・ケイパビリティのような考え方を、経営層が「理想だけど、うちでは余裕がない」などと受け止めてしまうこともあると思います。そんなとき、人事やマネジメント層はどう動くとよいでしょうか。
これはネガティブ・ケイパビリティに限らず、あらゆるテーマで共通する「組織内でどう合意形成していくか」という話だと思っています。大事なことは、「相手のキーワード」を見つけて、そこに飛び込むこと。
たとえば、「ネガティブ・ケイパビリティが大事」と唱えても、相手に関心がなければ響きません。信念を伝え続けることも大切ですが、同時に「相手の関心は何だろう?」と問いを立てる必要があります。相手の文脈の中で「実はこの考え方が役に立つ」と伝えていく。もしくは、相手の悩みに伴走し、「実はこれはネガティブ・ケイパビリティの考え方がベースなんです」と、後で種明かしをするのも手だと思います。
とはいえ、手探りでやるのは大変ですよね。そこで、私たちあまねキャリアでは、ビジネスパーソン、中間管理職、経営層、部門ごとの関心キーワード整理し、関連性を可視化したマップを用意しています。「バリューサイクル・マネジメントマップ」です。これを使うことで、「この人にはこの言葉が刺さりそう」と、相手に寄り添った対話がしやすくなります。

── たしかに、一口に「エンゲージメント」といっても、刺さる部署とそうでない部署がありますよね。
そうですね。たとえば、現場の管理職が人材が定着しないことに困っていたら、採用の課題解決の文脈で、「働く意味が見えづらいことも影響しているかも?」などと対話のきっかけをつくってみる。そこから、「今のやり方とともに私たちの本来価値を見直していこう」という話につなげるのです。
経営層に対しても同じです。たとえば、経営層にイノベーションを求められても、現場は「予算も時間もない」と抵抗するかもしれない。それなら、「まずは余白をつくって、社内外とつながり、イノベーションの種を育てていきませんか?」などと経営層に提案し、対話してみる。そのプロセスこそがネガティブ・ケイパビリティの発揮だと思います。
大切なのは、どうやって相手に気持ちよく、同じ景色を見てもらえるか。本書には、エンゲージメントやイノベーションといった身近なテーマを織り交ぜながら、ネガティブ・ケイパビリティの世界観について、組織内の対話を促す工夫を詰め込みました。
── 本書で紹介したフレームワークの中で、特に読者に伝えたいものはありますか。
一番は、シンプルですが「重要度×緊急度マトリックス」です。多くの人や組織が、何でも脊髄反射のように第1領域、つまり「重要かつ緊急の課題」として処理しがちなんです。しかし、じっくり寝かせた方がよい問題もあるし、脊髄反射的な対応で逆に疲弊することもある。戦略的に「放置」する判断も時には必要になります。
そのうえで、特に大事なのが第2領域、つまり「重要だが緊急ではない課題」。この第2領域が空白の状態は、組織の危険信号です。人材育成や業務改善など、放置すると後で第1領域に化けて手をつけられない状況になります。ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティ、両方を使い分けながら長期的に価値を育てていくことが、持続可能な経営につながります。
── 最後に、沢渡さんのビジョンを教えてください。
ビジョンは、「越境と共創で価値創造する社会に」です。育児や地方での葛藤、海外経験など、多様な“体験資産”を持つ人たちをリスペクトし、ともに価値創造に挑んでいく。自分たちの正義で突き進むのではなく、ネガティブ・ケイパビリティも大切にしながら、優しさと経済性を両立した社会づくりに貢献していきたいと考えています。


沢渡あまねさん
作家・企業顧問/ワークスタイル&組織開発。『組織変革Lab』『あいしずHR』『越境学習の聖地・浜松』主宰。あまねキャリア株式会社CEO/一般社団法人ダム際ワーキング協会 共同代表/大手企業人事部門・デザイン部門ほか顧問。プロティアン・キャリア協会アンバサダー。DX白書2023有識者委員。日産自動車、NTTデータなど(情報システム・広報・ネットワークソリューション事業部門などを経験)を経て現職。400以上の企業・自治体・官公庁で,働き方改革、組織変革、マネジメント変革の支援・講演および執筆・メディア出演をおこなう。おもな著書:『新時代を生き抜く越境思考』『EXジャーニー』『組織の体質を現場から変える100の方法』『「推される部署」になろう』『バリューサイクル・マネジメント』『職場の問題地図』『マネージャーの問題地図』『業務デザインの発想法』#ダム際ワーキング推進者。