「モチベーションが上がる仕事を望む」「配属ガチャに外れたので転職を考え中」。こんな状況の若手社員にどう対応すべきか? そんな悩みを抱えるマネジメント層におすすめなのが『Z世代の社員マネジメント』(日本経済新聞出版)です。
Z世代の早期離職を防ぎ、定着してもらうために、マネジメント層や人事は何を実践するとよいのか。本書の著者でリンクアンドモチベーションのフェローを務める小栗隆志さんにお聞きしました。
── 小栗さんが本書を執筆された動機は何ですか。
2つあって、1つめは、巷の「Z世代論」に疑問を抱いたことです。リンクアンドモチベーションに入社した2002年以降、若者のマネジメントは顧客企業にとって大きな課題であり続けていました。最近はZ世代(1990年代後半から2000年代に生まれた世代)という言葉が浸透しましたが、ニュースで語られる「Z世代はこう」という論調に、はたして本当だろうかと思い始めました。たとえば「Z世代は飲み会に誘ってはいけない」「意見を聞いてあげないといけない」といったことです。
こうした「~してはいけない」というのは「Z世代に限ったこと」ではないと思います。強引に飲み会に誘うのも、社員の話を聞かないのも、昔からよくないこととされてきました。どこか本質ではない、ステレオタイプ的な世代論に振り回されているように思えたのです。
リンクアンドモチベーションでは、2000年の創業時から、延べ45万人の個人のビジネススキルやモチベーション特性のデータを蓄積しています。個人の仕事特性や得意領域といった膨大なデータを分析し、Z世代の社員の特徴を明らかにしています。これはファクトに基づいているため、印象論と違って信頼できるものです。
執筆動機の2つ目は、大手企業をあっさりやめる若手社員が増えていることに対して処方箋を伝えたいと思ったからです。若手の早期離職に悩んでいる企業では、「最近まで楽しそうに働いていた若手が、ある日突然退職する」という憂き目にあったマネジャーもいます。こうした企業に向けて、若手の定着を主眼としたマネジメントのフレームワークをお伝えしたいと考えたのです。
── Z世代の特徴のなかでも、特にどんなモチベーションタイプ(個々人の指向性や価値観)の傾向があるかを教えてください。
Z世代のモチベーションタイプには、「理想よりも現実」「競争よりも協調」「賞賛よりも承認」という3つの特徴があります。ゆとり世代といわれるひとつ前の世代と比べると、「競争よりも協調」が顕著に現れており、チームでの調整や協力は得意でも、自ら決断するのが苦手、人のマイナス面を指摘できない、という結果が出たのです。
── Z世代の傾向は、どんな背景から生まれているのでしょうか。
「賞賛よりも承認」については、よくも悪くも目立つことに恐怖感があると考えられます。金間大介さんの著書『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』(東洋経済新報社)でも、「ほめられても後でたたかれるのではないか」という不安が解説されていました。
そもそも、人はいつの時代も自由になると二極化します。古屋星斗さんの著書『ゆるい職場』(中央公論新社)では、「この職場にいると転職できなくなるのではないか」という不安から転職する若手について書かれていました。私の推測を含みますが、「失敗を恐れ挑戦しない人」と「リスクをとってでも挑戦して成長実感を求める人」に二極化しているのだと思います。
経営学者チェスター・バーナードは、組織における人間には2つの人格があると唱えています。それは個人人格と組織人格です。個人人格とは、自由な意志に基づいて、何にどのくらいの時間や労力を割くかを決める人格のこと。一方、組織人格とは、組織の指針によって特定の役割を担うことを強制されて行動する人格を意味します。
この組織人格と個人人格でいうと、昭和の特に高度経済成長期はある意味、個人人格が軽んじられた時代といえます。「企業が給与を払っているのだから、組織人としての役割を全うせよ」と。ところが、バブル崩壊後の平成では、企業が社員全員を雇い続けることができなくなった。整理解雇も始まると、個人人格の反乱ともいうべき状況が生まれ、「ずっと一社にいるわけではないし、自由意志でキャリアを築くんだ」というキャリア観が芽生えていった。それに伴い、転職市場も広がっていった流れです。
平成後期には過労自死事件が起きて、働き方改革も進み、企業が求める組織人格自体にも制約が生じるようになった。それに伴い、組織人格と同じくらい個人人格も重視されるように変化してきました。
令和のいま、働き手不足も相まって、個人の自由意志をいかに尊重するかが組織の生命線になっている。つまり、個人人格が組織人格より重視される時代になってきたのです。
── 個人人格が組織人格より重視されるようになった今、社員にどんな変化が起きていますか。
日々の過ごし方も個々人の自由意志で選択できる比率が高まっています。こうした環境では、人間の性質として、努力する人とサボる人の両方が出てきます。成長しようと自分磨きをする人もいれば、ストレスを極力かけられたくない人もいる。
注意したいのは、自由には「からの自由」と「する自由」の2種類があり、それらは明確に違うという点です。
仮に「自由にしていい」といわれたある社員が、顧客、上司、タスクなどのストレス「からの自由」ばかりを求めたとしましょう。自由の反対は責任ですが、上司はその本人に対して、わずかな責任しか負わせられなくなります。ストレスがかかる状況を避け続けていたら、本人は成長の機会が減るし、企業の売上も上がりません。結果として、本人の活動の原資であるお金や、他者からの期待といった信頼がどんどん減っていく。
自分自身を会社に見立てると、純資産が減り、やりたいことを「する自由」が減るわけです。やりたい仕事をする、会いたい人に会う、好きなところに住む。こうした「未来の自由」が奪われてしまうのです。
若手社員が知っておくと良いのは、企業は若手の「将来時間」に対して投資しているという点です。これから成長することを見越して雇用しているので、その投資に見合うだけの成長をし、リターンを生み出さないと、企業や社会からの信頼が積み上がらない。やがては仕事の新たなチャンスといった「する自由」も得られなくなっていく。
今回の著書は、マネジメント側に立って、「どういう会社が若手に選ばれるか、つまり投資されるか」というスタンスで書きました。ですが、逆の視点に立つと、若手社員も会社から投資される側なので、若手社員のキャリアマネジメントにも通じる話なんです。
── 両者からの視点、とても興味深いです。
早期離職の根っこにあるのは、若手が個人人格と組織人格のチューニングに戸惑っている状況です。一方でマネジメント層も、変化した若手社員の働くマインドやスタイルに対応できず困っている。結果としてコミュニケーション不全となり、早期離職に至っている。上司は若手の組織人格を鍛えることと、個人人格と組織人格とのチューニング力を高めることができるように支援することが求められています。
── 個人人格と組織人格とのチューニング力が高いマネジャーの共通項は何ですか。
共通項は3つあります。1つは、マネジャーがメンバーを全人格的に捉えられることです。個人の性格や意志を軽んじて組織人格しか見ない人もいれば、個人人格だけを見てメンバーの価値観に土足で入り込む人もいます。
そうではなく、メンバーがどのような生き様をたどってきて、将来どのような希望を抱いているのかという個人の自由意志の源泉を理解したうえで、組織人としてどんな力量や伸びしろがあるのかをトータルで理解しようとすることが重要です。
共通項の2つ目は、マネジャー自身が、今の組織で働くことに夢や喜びを持てているかどうか。会社を演劇の舞台にたとえると、社員は役者にあたります。上司が「この舞台で演技をするのは楽しい」という様子でいると、それを見た若手は、自分自身も楽しんでこの舞台に立っていいんだと思えますよね。そういう背中を見せられているかも大事です。
3つ目は、長期的な目線を持てているかどうか。個人人格と組織人格のチューニングは時間がかかります。求められる組織人格を果たすための「役割演技力」は時間をかけて向上していくし、個人の自由意志も変わっていくので、その調整も必要になってくる。
若くしてマネジャーになった方にありがちなのが、「拙速に育てようとする」ことです。若手メンバーの成果がすぐ出なくても、間違いをすぐ指摘するのではなく、いったん待つことができるか。徐々に本人が変わっていく面もあると信じて、長い時間軸で指導できる人というのは大きいですね。
── 本書では、若手の定着に「We感覚」を養うオンボーディングが重要だとありました。ステージ別の処方箋が解説されていて、オンボーディングへの捉え方が変わりました。キュービックさんとかアサヒ飲料さんといったさまざまな先駆的事例が紹介されていますが、特に印象的な事例はありましたか。
特に印象深かったのは、デジタルメディア事業を行うキュービックさんの「全社員が新入社員研修にフルコミットする」という取り組みです。通常は、新卒採用でOFF-JTを実施して、あとは各部署に育成を任せることが多いです。キュービックさんは「全社員での育成」を掲げ、個々の社員に寄り添ったトレーニングメニューを考え、実行できるよう促しています。
成功要因として大きいのは、職場の全員が新人育成に本気であるというマインドセットです。その人の自己特性を理解し、かなりストレッチした目標に向けて日々のやるべきことを決めて追いかけていく。そうすると若手は清々しいほど伸びます。
── 人事やマネジャー層から「優秀な人材ほど辞める」という悩みをよく聞きます。この課題へのマネジャー層の処方箋とは何でしょうか。
退職を切り出されてから対処しても遅いので、その兆候を察知する仕組みづくりが大事になります。マネジャー自身ですべて把握することは難しいので、「協力者がいるかどうか」が鍵になります。この協力者とは、社員の個人人格と組織人格のチューニングをフォローできる、信頼される役割という意味です。
「Aさんがこういう発言をすることが増えていて、上司との関係で悩んでいそうだ」「Bさんは最近元気がなさそう」といった声が日頃から集められているかどうか。社員が個人人格で悩んでいる段階で、その兆候を察知できる人を育て、当人の悩みに早めに対処できるのが望ましいと考えます。
── 最後に、小栗さんの人生観やキャリアに大きな影響を与えた書籍は何ですか。
特に印象深い一冊は、経営学者チェスター・バーナードの『経営者の役割』です。現代の組織経営論の出発点となった書籍であり、発刊から80年経った今もその存在感は失われていません。「人間とは何か?」「組織とは何か?」を原理から解き明かした名著です。
リンクアンドモチベーションの思想のど真ん中といえる深い内容です。当社の基幹技術は、人や組織の本質論を経営学・社会システム論・哲学・行動経済学・心理学から紐解いた思想のもとに成り立っています。創業者の小笹芳央さんがそのベースにしたという書籍を読むのが好きでしたね。哲学書はかなり読みましたし、ソシュールの言語論や、スピノザの倫理学などもありました。
また、当社の課題図書には『経営者の役割』にくわえ、S.I.ハヤカワの『思考と行動における言語』、シャインの『企業文化』、ドラッカーの『抄訳 マネジメント』などが選ばれています。
── 小栗さんは人間や組織の「本質」に迫ることを大事にされているように感じました。
そうですね。もともと当時創業したばかりのリンクアンドモチベーションに新卒で入社したいと思ったのも、「やる気をコンサルティングする会社」という言葉が心に引っかかり、人の本質に迫ったものだと思ったからなんです。学生の頃に野球やクラスの活動を積極的にやっていたので、みんなが本気になったときのエネルギーの爆発力を実感する機会が多くありました。
著書でめざしたのも、時代や環境で変わることのない、働くうえでの本質に迫ったマネジメント論です。今回は企業やマネジャーの視点に立ちましたが、次は、先ほどお話ししたような、社員側の視点に立った「キャリアマネジメント」の本を書けたらと考えています。
プロフィール:
小栗隆志(おぐり たかし)
株式会社リンクアンドモチベーション フェロー。
1978年生まれ。2002年、早稲田大学政治経済学部卒、株式会社リンクアンドモチベーション入社(新卒一期生)。人事コンサルタントとして、100社以上の組織変革や採用支援業務に従事。2014年、パソコンスクールAVIVAと資格スクール大栄を運営する株式会社リンクアカデミー代表取締役社長就任。17年、株式会社リンクアンドモチベーション取締役に就任し、経営に携わる。23年より現職。同年、株式会社カルチベートを創業。