
日本でも注目度が高まっているリスキリング。リスキリングとは、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」を意味します。
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事を務める後藤宗明さんは、日本でリスキリングを浸透させてきた第一人者です。ご著書『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』は、読者が選ぶビジネス書グランプリ2023イノベーション部門賞を受賞しました。
日本企業でリスキリングを推進するためには何が必要なのか? フライヤー代表取締役CEO・大賀康史とともに、リスキリングの意欲をもてない層にリスキリングを促す方法や、リスキリングの成功事例について語りつくします。
読者が選ぶビジネス書グランプリ2023イノベーション部門賞受賞おめでとうございます! 受賞の感想をお聞かせください。
後藤宗明さん(以下、後藤):受賞の一報をいただいたときは驚きました。2016年にアメリカでリスキリングという概念を知り、リスキリングを日本で広める活動を始めました。2018年当初は、日本ではリスキリングが全く響きませんでした。ですが、新型コロナウイルスの流行により、働き方もビジネスのあり方も急激な変化を迫られ、それに伴いリスキリングの理解者が現れ始めたのです。
個人の学び直しとリスキリングを混同してしまっている状態を正していくためには、しっかりと本を書いて伝えてゆくのが最善だと考えました。おかげさまで、自社の戦略としてリスキリングの推進を考える経営者や人事をはじめ、自身のスキルをアップデートし続けようとする方々に広く読まれるようになりました。「働く人や組織のイノベーション」に寄与する一冊として評価していただけたのなら嬉しく思います。



改めて、なぜ、いまリスキリングが重要なのでしょうか。
後藤:日本にリスキリングの波が押し寄せたのは2022年以降ですが、一気に広まっていった背景は2つあります。
1つ目は、技術的失業を防ぐという社会課題解決です。海外では、技術的失業を防ぎ、労働移動を実現する施策として、リスキリングが注目されてきました。技術的失業とは、テクノロジーの導入により自動化が加速し、雇用が失われることを意味します。リスキリングが進めば、人々を衰退事業から成長事業へと移し、雇用を守ることになるのです。
2つ目は、企業がデジタル人材による新規事業の創出を迫られていること。デジタル化を推進しようにも、日本では空前のデジタル人材不足です。海外のテック人材に目を向けると、年収2000万円以上の世界。リスキリングのためのコストは採用コストの6分の1といわれていますから、新たにデジタル人材を採用するよりも、自社の人材をリスキリングするほうが現実的なのです。
大賀:HR総研のリスキリングに関するアンケート結果 によると、大企業の86%が「取り組む必要がある」とし、企業規模が大きいほど、その必要性を感じていることが明らかになりました。経営者や人事の視点に立つと、本来リスキリングが必要な層がリスキリングをしていないことが根深い問題であるように思います。

おっしゃるとおりです。リスキリングを最優先でおこなうべき対象は、業務のデジタル化がほぼ進んでいない職場のボトムアップ。そこでカギになるのは、40代、50代のベテラン層の配置転換に向けたリスキリングです。福利厚生の一環としてオンライン講座を提供している企業は多い。ですが、「好きなときに学んで」と従業員にゆだねていると、学んでほしい人に学んでもらえない。さらには、リスキリングが差し迫って必要ではない人ほど、新しいスキル習得に意欲的で、その後さらなる活躍の場を求めて他社に転職してしまいます。
企業がリスキリングを進めていくうえで、企業のマネジメント上の課題もありますね。
後藤:その通りです。2022年秋、岸田政権が「リスキリング支援」に今後5年間で1兆円の予算を投じると宣言しました。リスキリング推進自体はよいことですが、経営者が「リスキリング=研修」と捉えて人事部に丸投げにすると、本来の「成長する職種への転換」という目的から離れてしまう。新たに習得したスキルを業務でどう活かすのかが見えていないのです。実際、デジタルのスキルを習得した人材にどう活躍してもらいたいかが明確な事業部門が主導しているリスキリングはうまくいきやすい。
リスキリングは経営戦略の一環として重要であり、社長がその意思決定に関わるべきです。ところが、多くの経営者が「デジタルの活用で何ができるか」を理解していないために、デジタル化が進まない。カギとなるのは社長自身のリスキリングです。

私もまずは経営者である自分自身がAI技術などテクノロジーの最先端を知って、リスキリングを体現することが必要だと考えています。G検定を取得したのもその一環です。ディープラーニングや自然言語処理を学べば、本の要約から何がいえるかを分析したり、ユーザの方々の読書傾向をもとにしたレコメンドに活かしたりできるだろうと考えました。
後藤:社長が率先してリスキリングを体現しているって素晴らしいですね。フライヤーの事業は、リスキリングとどういった関連があると捉えていますか。
大賀:新しいテクノロジーによって要約サービスの対応範囲が変わっていくと考えています。現在は、「学びの文化を醸成する」ためにフライヤーを使ってくださる法人が増えています。経営者がすすめる本を従業員に読んでほしい、最新のビジネストレンドを学んでほしい、といったニーズが多いです。
今後は、サービスの裾野を広げ、著者や出版社、人事の方々のネットワークといった基盤をつくりながら、新たなテクノロジーを加えていくことを考えています。事業の拡張にせよ、新規事業の創出にせよ、今の技術だけでは足りないですし、ディープラーニングなどの新しい技術へのキャッチアップが欠かせません。
後藤:私は以前から「学び合いのコミュニティ」をつくりたいと考えているのですが、フライヤーの要約は勉強会の教材になりそうですね。出版社から許諾を得て要約を作成しているから、さまざまな分野で信頼のおける「リスキリングの入り口」になる。そして従業員は、要約を出発点に、より詳しく学ぶために興味のある本を買って読む。そうすれば本もさらに売れていく。そうした学びのコミュニティが全国の法人で展開されていけば、社会的意義も大きいと考えています。
私の主な情報源は本と海外のウェビナーですが、本は多様な知を学ぶうえで有用なツールだと実感しています。「同じテーマの本を10冊読めば、その道の専門家になれる」という言葉があるくらいですから。
大賀:少なくともその道の専門家と議論ができるようになりますね。専門家とコミュニケーションがとれることで、キャリアの選択肢の幅も広がります。

人事・管理職から、「40代後半、50代のベテラン層にリスキリングを促してもうまく進まない」という悩みをよく聞きます。リスキリングに意欲をもてない人たちに前向きになってもらうために、人事側はどんな働きかけが必要になるでしょうか。
後藤:人間は怠惰な生き物で、追い込まれないとなかなか課題解決に本腰を入れようとしません。ヨーロッパやアメリカでは、デジタル化のためのリスキリングにとどまらず、脱炭素化に向けた人材育成として「グリーン・リスキリング」が進んでいます。特にヨーロッパのグリーン・リスキリングの本気度が違うのは、ヨーロッパの気温上昇が急速に進んでいるからです。
大賀:リスキリングに本気で取り組む企業は、「このままでは自社は立ち行かなくなる」と強い危機感を抱いているのですね。
後藤:リスキリングによる変革に成功した、ある米国企業の役員は、「社長自らリスキリングしないと退陣に追い込まれるという危機感が重要」だと語っていました。現に、AIサミットやテクノロジーの展示会には経営層がブースを熱心に回っている。テクノロジーのトレンドを知らないと自社の投資判断もできないからです。
大賀:人材育成にかける費用も欧米では日本の10倍くらい違いますよね。
後藤:日本の上場企業も人的資本の開示が義務づけられましたが、今後投資家は非財務情報として、経営層だけでなく従業員のスキルも開示を求めていくでしょう。リスキリングへの投資の有無がそこでも明らかになります。もし社長がリスキリングへの投資の重要性を理解していないのなら、理解のある会社に移るという選択肢も考えたほうがいいでしょう。そのうえで、人事担当者自らがリスキリングを実践できているか、振り返ることが大事です。
米国では毎月400万人以上の従業員が自主退職をしていますが、一番の理由が「勤め先に成長機会がないから」というものです。この動きは日本でも始まっていて、新卒社員からは「自分を成長させてくれる企業で働きたい」という声が高まっています。こうしたことから、優秀な人材の採用・雇用という意味でも、企業がリスキリングの機会を提供することは急務でしょう。
大賀:リスキリングによって事業を成功に導いた国内外の事例はありますか。
後藤:成功事例の1つは、プラスチックの包装と印刷を主力事業としていたサウジアラビアの製造企業です。同社の経営者は、SDGsに対応するためデジタルへの移行を宣言。企業内大学を立ち上げて、全従業員の6割にあたる約2000人をリスキリングしました。工場をスマートファクトリーにし、いまや製造業向けデジタル変革コンサルティングを売上の30%にまで成長させています。リスキリングによって事業のピボットに成功した好例といえるでしょう。
もう1つの成功事例は、1906年に創業し電話帳印刷をおこなっていた西川コミュニケーションズ。電話帳のニーズ減少を見越して、2013年から業務時間の20%をリスキリングに充てました。社長自らG検定に合格し、従業員400名のうち約5分の1がG検定合格へ。こうしてデジタルマーケティングや3Dグラフィックへ事業をピボットさせ、人材の成長事業への移行にも成功しています。
人類は、AIをつくる人(エンジニアなど)、AIを使う人(経営層)、そしてAIに使われる人の3種類に集約されると考えています。なかには、「ヒューマンタッチ(人間らしさが求められる領域)を極めるのでデジタルのスキルは不要」という人がいますが、今後はヒューマンタッチのあり方も変わります。ヒューマンタッチの極致は、人間であることの必然性がある分野。つまり、心理カウンセラーや占い師といった領域ですが、志願者が増えてレッドオーシャンになるでしょう。ヒューマンタッチの強みとデジタルの知識をかけあわせて自分なりのポジションを築くほうが、差別化を図りやすいと思います。
大賀:今後AIはスマホやSlackのようなITツールと同じ立ち位置になっていくと思います。スマホやPCが使えないと仕事にならないのと同様、革新性や生産性の高い取り組みをするには、AIを駆使できることが欠かせません。
後藤:大事なのは、情報収集の仕組みを変えて、海外の情報源も取り入れることです。たとえばGoogleのAR Glassでは、英語と中国語の方言とを翻訳することが可能です。また、画像認識により手話を読み取って、手話を知らない人との会話をリアルタイムでサポートできています。これはGoogle Glassの応用版で、2024年に商品化されます。この事実は2022年5月にGoogleが発表していましたが、日本でこの情報をキャッチアップしているビジネスパーソンはほとんどいないのが現状です。海外のリソースから情報収集できるかどうかはますます重要になってきます。
大賀:戦略を立てるには、テクノロジーが自社サービスにどんな影響を与えるかを念頭におく必要があります。Google Glassにせよ、VRヘッドセットにせよ、新しいテクノロジーをベースにしたプロダクトを実際に使ってみることも、大事な情報収集になりますね。



後藤宗明(ごとう むねあき)
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事
SkyHive Technologies 日本代表
早稲田大学政治経済学部卒業後、1995年に富士銀行(現みずほ銀行)入行。営業、マーケティング、教育研修事業を担当。2001年ニューヨークへ移住直後の9月11日、ワールドトレードセンターへの飛行機の衝突と崩壊を肉眼で目撃し、翌日からグラウンドゼロの救済ボランティアに参加。2002年、グローバル人材育成を行うスタートアップをNYにて起業、卒業生約2000名を輩出。2008年に帰国し、米国の社会起業家支援NPOアショカの日本法人の設立に尽力。その後米国フィンテック企業の日本法人代表、通信ベンチャーの国際部門取締役を経て、アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。2019年AIスタートアップのABEJAにて事業開発、AI研修の企画運営、シリコンバレー拠点を設立。2020年、10年かけて自らを「リスキリング」した経験を基に、リクルートワークス研究所にて「リスキリング~デジタル時代の人材戦略~」「リスキリングする組織」を共同執筆。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を可能にするリスキリングプラットフォーム、SkyHive Technologiesの日本代表に就任。
石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所 客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。